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大変遅くなりました。
K介様よりリクエスト頂いておりました「カーテンコール」でございます。
IFO2で、という部分だけは守れましたが、今更ながらに男前…?幸せ…?と首を傾げていたりします;
本当、お待たせしてしまって申し訳ありません。そろそろ2周年が近いなとぁ、冷汗をかいていたりします。
お楽しみいただければ幸いです。




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そういう感じは、何となく分かる。
目を覚ましてまず、ああこれは駄目かもなと思った。
だから。



                      
きれいな水を飲みに行く






まだほんのりと薄暗い、早過ぎる朝。
寝台の上、身を起こして軽く咽喉をさすってみたけれど、特に痛みはない。
――ただ声だけが出ない。
こういう日は、ごく稀にある。だからオラトリオは驚いたりなどしない。
自分自身の意思や体調とは関係なく、咽喉がまるで歯車のはずれた機械のようになってしまう日。これが2度目だったか3度目だったか・・・数えていないし、憶えていないから分からない。とにかく、こんな日にはオラトリオは何もかも諦める事にしている。
シャツにジーンズの身支度をして、髪も整えずに朝食を作る。幸いに今日は休日だから、皆ゆっくりと寝ているだろう。さっさと避難すれば家族の誰とも顔を合わせずにすむ。火を点けないままのくわえ煙草で玄関を開けたところで、まだ半分夢の中を歩いているような声が投げかけられた。
「あれー、今日早いね。オラクルのとこ?」
シグナルだ。早寝早起きのヨイコめ、と舌打ちしたい気持ちをこらえて、振り向きざまにっと笑ってみせる。返事代わりに軽く片手をあげてみせれば、くしゃくしゃの弟はいってらっしゃいと手を振ってくれていた。最近は突っかかってくることが多いが、基本的に弟たちは素直だ。オラトリオがそのまま外へ向かうと、シグナルはキッチンへと足を向けたようだった。
わぁごはんだーというのんびりした台詞がドアが閉まるにつれ小さくなって消えるのを背中で聞いて、オラトリオは一歩踏み出す。さり、と足元で土が鳴った。
太陽はいつの間にか昇っていたらしい。真新しい朝は金色に輝いて、光があたるところがほんのりと暖かい。まだ冷たいままの空気も肌に心地よく、呼吸するたびに肺を洗うようだ。
きれいな朝。きれいな空気。誰も居ない路地。気持ちがすっと軽くなって、足取りが軽くなる。
何となく歌ならば唄えそうな気がして、唇を開いてみる。だけど途端情けないくらいの圧迫感が咽喉を締め上げて、結局溜息にしかならなかった。邪魔な前髪をかき上げて一歩。とん、という足音を合図に機嫌を直す。軽く軽く、前へ進み、胸へ腕へ光を浴びて、深く広く呼吸する。心地よい朝の感覚そのものへ、意識を傾ける。
けれどそうしていて尚、付き纏う違和感から、逃れられるわけではない。むしろ光の中でいっそうくっきりと輪郭を際立たせるそれは、ともすれば呑まれそうになる暗闇。
早く早く逃げろ逃れろと急かす声を封じて、あえてのんびりと歩いた。芯にまでは(真にまでは)届いてなどいないくせに、光を弾く新緑の梢を見上げてみせたりするのは、何の油断を誘ってのことか。わかりもしないのに、また一歩。少しばかり振り分けられていた思考がぼんやりと、泣き叫びながらこの道を駆けてゆくことができればまだしも楽だろうかと考えている。
考えながらまた一歩。
出来はしないし、したくない。そう思う己を知っているから、その次の一歩でその埒もない考えを捨てる。まるでタロットの“愚者”のように思えて可笑しい。自分は、この心は、何て細く危うい道を歩いているんだろうと思う。(だから)
そして思考に蓋をして、ただ軽やかな朝を取り戻す。






ぽーんとチャイムが鳴って、次いで鍵を開けるかちゃかちゃという小さな金属音が続く。何もない日に朝早くから遠慮なく押しかけてくる人物の心当たりはひとりしかいない。そもそも合鍵を預けているのもひとりだけだから、早朝の訪問者の予想は簡単につく。
金色の朝日をつれて来た金色の髪のその人は、オラクルの顔を見てにこりと笑った。その笑い方に、出迎えたオラクルは笑みを返しながらおや、と内心で首を傾げる。
「おはよう、オラトリオ。今日は早いね」
笑んだまま、オラトリオが頷く。一言も声を洩らさないのをみて、どうも今日はそういう日らしいと察した。こんな子供のような笑顔など、よほど特別な時にしか彼は見せない。
整った顔がきれいに笑う。金色の髪がきらきらと光をはじく。
「朝ごはん、まだだろう?」
一緒にどうかと問えば、首肯する。ひどく幼い仕草だった。


朝食を食べてお茶を淹れて。まだオラトリオは話さない。
とりとめもなくオラクルが話し、それを聞いてオラトリオは頷いたり肩を竦めたり、眉をしかめたり。オラトリオの表情は、言葉を補おうとするように豊かだ。声がなくても、思うところは十二分に通じる。そして表情自体は明るく、リアクションの返し方も平素と変わらない。変わりない、けれど。
それでも、その声が聞きたいとオラクルは思う。
今は二人、言葉は途切れて穏やかな沈黙に包まれている。間に置かれた紅茶から、ゆらゆらと湯気が昇る。やわらかい時間。
「…オラトリオ」
繭を破るようにオラクルが呼びかけた。
何だ、と問いかけるようにオラトリオの目線が言葉を促す。
「何でもない。呼んでみたかっただけ」
にっこりと笑いかけると、オラトリオはそうかと応えるようにして一つ頷き、薄く笑って紅茶のカップに視線を落とした。ゆるく眼を閉じる。
柔らかく笑んだままの口元が仮面でもつけているかのように完璧に整えられたままなのが、オラクルには何故か少しだけ哀しい。
手を伸ばして、大丈夫、とその髪をなでる。
(お前がつらいと私もつらい)
何となく、分かる。
でも。
何かあったのか、とか。
どうして声が出ないのか、とか。
どうして、自分のところに来るのか、とか。
そういったことを、オラクルは一切聞いたことがない。聞かないと決めている。
オラトリオが話したければいくらでも聞くだろう。
云わないのはおそらく話したくないか、話せないからだ。
聞けない代わりに、呼びかける。
声で、心で、何度も。何度でも。
祈るように、繰り返す。






扉があいたとき。ふわりと、水の匂いがしたような気がした。
しんと内側に沁みこんでゆくような清涼感を、その人は纏っている。
ばらばらになっていた自分の思考や感情や感覚やその他いろいろなものが、引き伸ばされ叩き直されて整えられていくような再構築の感覚。ずれていた歯車が噛み合う様にして、カチカチと動き出す。大丈夫だと、信じられるくらいに。
こんな風に安心させてくれる人を、自分は他に知らない。いるとも思わない。
呼びかけられる声が、静かに響く。
何度も。何度でも。
寄せて返す波を思わせるそれらに、満たされていくような感覚。
髪に触れるその人の指の感触と、僅かに伝わる体温。
目を閉じて確かめる。
やっと、声が出るような気がした。




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